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能楽師・観世三郎太インタビュー。「“離見の見”で自分の姿や声と向き合う」

ゼロからイチへ、オリジナルなものを作り出していく、その前段階。クリエイターたちはどういった過ごし方をしているのだろうか。自分と向き合うこと、そこから生まれる歓び。その向き合う直前にある時間/行為こそ、知りたくなる。

今回は、能楽師の観世三郎太にインタビュー。「揚幕(五色幕)の裏には『鏡の間』という大きな鏡がある部屋があり、準備ができたらその部屋で出番を待ちます。鏡が目の前にあって、自分の姿と向き合うことになるのですが、そこが究極に整える場所であり、集中力を高める場所」と話すように、能の稽古や舞台を通して、「整える」ことの大事さ、「自分と向き合う」という行為を日々、実感・実践している。観世流が活動拠点とする東京・銀座の観世能楽堂において、その心得や姿勢に迫った。

観世三郎太
二十六世観世宗家 観世清和の嫡男。観世流シテ方能楽師。平成11(1999)年生まれ。父・二十六世宗家 観世清和に師事。能を大成した観阿弥・世阿弥父子の子孫として平成11(1999)年に生まれる。幼少より父の稽古を受け5歳のとき、能「鞍馬天狗」にて初舞台、子方(子役)として数多くの舞台を勤める。平成21(2009)年「合浦」にて初シテ(主役)。その後「鷺」のシテを勤め、平成27(2015)年「経正」にて初面(初めて能面を掛けて舞う事)。「石橋」「乱」などを勤め現在に至る。次世代を担う能楽師の代表として舞台を勤める。
また平成28(2016)年7月 ニューヨーク・リンカーンセンターにおける招聘公演(5日間6公演)に父と出演し連日盛況で高評を博す。令和元(2019)年10月 天皇陛下御即位に伴う「即位礼正殿の儀 内閣総理大臣夫妻主催晩餐会」に各国元首・代表・祝賀使節団へ「石橋」を披露する。令和3(2021)年3月、父と約100年振りに皇居内「日本博皇居外苑特別公演」に出演し、「千歳」「石橋」を勤める。令和5(2023)年5月20日、G7広島サミット社交夕食会にて各国首脳へ能を披露するなど国内外を問わず活躍している。

──観世三郎太さんはAUGERの製品を普段から使っていらっしゃるということですが、AUGERの印象はいかがですか?

中でも僕はツメキリとネイルファイル(爪やすり)をよく使わせていただいているのですが、ほかのブランドと違ってデザインが洗練されていてカッコいいですよね。人に見られてもオシャレな印象を与えられるという意味で持ち運びもしやすいですし。

──ツメキリとネイルファイルをよく使われるということですが、どういったときに使われることが多いですか?

舞台上にいるときって爪がすごく目立つんですよ。だから能楽師は皆さん、爪をよく手入れしていると思います。特に長さには気を遣うので、ネイルファイルは毎日使っています。

──爪を切る以外に、身だしなみにおいて大切にしていることはありますか?

髪の長さですかね。衣装によっては頭も全部隠れてしまうのですが、シテ(主役)ではないときは、このままの格好で出ることもあるので。あまり長くならないようにというのは気を付けています。

──今日も素敵なオールバックでいらっしゃいますが、オールバックにはこだわりが?

いや……。別にほかの髪型でもいいのですが、オールバックが一番楽だからという理由です。朝、寝癖がついていても固めてしまえばいいだけですし(笑)。

──朝起きた際のお話もありましたが、毎朝のルーティーンのようなものはあるのでしょうか?

朝は必ずコーヒーを飲みます。家族みんなコーヒーが好きで。コーヒーを飲んでホッとする時間を大切にしていて、朝以外に稽古が終わったあとなどにも飲んでいます。

──では寝る前など、夜のルーティーンは?

寝る前は水をたくさん飲むようにしています。寝ているときの脱水症状などは怖いですし、朝起きたときの乾燥の防止の意味もあります。あと、寝る前は次の日の舞台のことを考えながら寝るようにしています。

──能はお稽古から厳格なイメージがありますが、日常からお稽古に入る際にスイッチを切り替えるために行うルーティーンのようなものはありますか?

お稽古を始めるときに、教えてくださる先生……私の場合は父(二十六世観世宗家 観世清和)ですが……「よろしくお願いします」と必ず正しく挨拶をするんです。その「よろしくお願いします」の挨拶が、自分のなかでのけじめのようなものになっていますね。その前と後で気持ちが変わるというか。それまでは父と談笑をしていたとしても、「よろしくお願いします」と言った瞬間から、緊張感のある空気になります。

──では逆に、その日のお稽古や本番が終わって、日常に戻るときにやることなどはありますか? スイッチをオフにする瞬間というか。

最近は休みの日もずっと舞台のことを考えてしまってワーカホリック気味なのですが……(笑)。一番は漫画を読むことですね。テレビを見るときもリラックスはしていると思いますが、どうしても舞台のことが気になり、テレビの内容があまり頭に入ってきません。でも漫画を読んでいるときはストーリーに没頭でき、舞台のことを考えずにいられる時間かもしれないです。毎日、寝る前30分くらいは絶対に漫画を読むようにしています。

──それは寝る前に舞台のことを考えない時間を作るという意味で、ですか?

というよりも、寝る前にしか時間が取れないから。それまでずっと稽古や勉強をしていて、でも漫画が好きでどうしても読みたいからです(笑)。昨日は0時にちょうどに「アオアシ」の新刊が配信されたので、それを読んでから寝ました。

──AUGERでは「自分と向き合う」という行為や時間を大切にしています。観世流の宗家の家に生まれた観世三郎太さんですが、ご自身の進路を考える際などに、ご自身やご自身の家系と向き合った経験はありますか?

あまり「継がないといけない」と考えたことがないですし、先生(父)からも言われたことはないです。ただ、稽古の時などに先生に言われたことは、自分が伝えていかないといけないことだと思っていて。能にはもちろん謡本(台本)や型付はあるのですが、そこには書かれていないようなこともたくさんある。「こう伝え聞いているけど、今はこうしていない」とか「1つ前の時代はしていなかったけど、今は昔に戻してやっている」といった経緯や心意気は書かれていなくて口伝えだけ。先生も私の祖父から聞いて伝えてくれているので、私も先生から聞いたことは後世に繋げないといけない。現在の能楽師の中で随一の先生に教えていただいているわけですから。それが今の自分にとって、自分や自分の家系と向き合うことなのかなと思います。

あとは昔の自分の出ているDVDを見たり、自分の謡っている音声を録音して聞いてみたりすることもあります。「離見の見」という世阿弥の言葉がありまして。能は演劇なので、自分自身が良ければいいということではなくて、お客様からの目線も大事にしないといけない。そういう意味で、自分の姿や声と向き合うことも稽古の1つとしてやっています。

──能の舞台に立つ前段階における、整える行為の大切さや準備の部分の大切さについては、どう感じていらっしゃいますか?

自分の体が整っていないと良い舞台はできないと思いますし、注意散漫でやった舞台は不完全なものになってしまうと思うので、能楽師もやはり心身のケアという意味で、整えることは大事にしています。

──それこそ集中力がすごく必要なお仕事だと思うのですが、集中力を高めたり保ったりするために行なっていることがあれば教えてください。

揚幕(五色幕)の裏には「鏡の間」という大きな鏡がある部屋があり、主役(シテ)を勤めるときは、準備ができたらその部屋で出番を待ちます。鏡が目の前にあって、自分の姿と向き合うことになるのですが、そこが究極に整える場所であり、集中力を高める場所だと思います。出る前だけでなく、本番を終えて戻ってきたときも、主役はそのままの格好で鏡の前に連れていかれるんです。そこで「こういう姿であなたは舞っていましたよ」というのを見せてもらってから、後片付けを始めます。終わったあとも自分を整えることが大切なんです。

──能に対して「敷居が高い」「難しそう」といった印象を持っている方も多いと思いますが、三郎太さんは、能の楽しみ方や受け取り方についてどう考えていますか?

能の楽しみ方は1つではなくて。普通の演劇と比べると、使っている言葉も難しいですし、物語のすべてを理解しようとするには確かに勉強が必要だったりする。だから私どもも言葉の一つ一つ全部を理解してもらうということは求めていません。一番は「想像してもらいたい」ということ。例えば能では小道具をあまり出しません。物語に壺が出てくるとして、能の場合は壺を置かずに、そこに壺があるように見せる。だからじっくり見て「これはこうなんじゃないか」と想像して楽しんでもらいたいと思っています。

また囃子方(はやしかた)の音色や、地謡(じうたい)といういわゆるコーラスの謡(うたい)、もちろんシテ(主役)の謡といった音楽も楽しんでもらいたいですね。同じ謡でも演じる人によって声色などは違うので、人による違いなども楽しんでいただけると思います。あとはシテの衣装。江戸時代のものや、それこそ能楽ができた室町時代のものなどをしれっと使っていたりするんですよ。しかも同じ曲であっても、1回目と2回目で違うものを着ることも。さすがにそのあたりは上級者になってしまうかもしれませんが、本当にいろいろな楽しみ方があるので、自分の楽しみ方を見つけていただければと思っています。

──物語以外にも楽しめるポイントがたくさんあるんですね。

そうですね。でもやはり物語がわからないと難しいですよね。私がよく友達に勧めているのは、能楽堂まで来る間の電車の中での10〜15分で、その日の演目のあらすじだけでも調べて読んできてもらうこと。あとは想像しながら見てもらうだけ。「眠くなったら寝ていいよ」と言っています。実際に能が出す音というのは、心地よくて眠たくなる音らしく、眠たくなるのは仕方がないことなんです。だから「寝ちゃいけない」とかそういった先入観や怖さにとらわれずに、寝てもいいからちょっと見て、自分なりの楽しみ方を見つけてもらえたらうれしいです。

──いろいろな楽しみ方がある能ですが、演じる上で最も大切にしていることを1つ挙げるとしたらどのようなことなのでしょうか?

アドリブをしないこと。演劇だとよくアドリブや「今日はこうやってみよう」みたいなことがあると思うのですが、能では絶対にしてはいけないことなので。本番のために稽古をしているので、もし本番で、稽古していないものが出てしまうということは、つまり稽古不足ということ。その場での思いつきも含めて全部稽古で出し切って本番に臨まないといけない。だから稽古通りにやるというのが一番大事だと思います。

──6月18日には、ここ東京・銀座の観世能楽堂で『道成寺』のシテを初めて勤められます。『道成寺』にはさまざまな演出もあり、『道成寺』の初演をめることは、一人前になった証でもあると言われるほど特別な演目ですが、初演を直前に控えた現在の心境を教えてください。

今までやってきた“整える”のさらに一段階上の整える気持ちで臨まないといけないような舞台。この曲は、能楽師の卒業論文の曲だとよく言われるのですが、私は能楽師は一生修行の人生だと思っていて。『道成寺』はその中で、次の高みにいくための曲だと思っています。一緒に舞台に出演してくださる皆さんも、今の能楽界を代表するような方々なので、その方々と一緒に演じることができる楽しみもある反面、お客様やほかの能楽師の方に納得してもらえる舞台にしないといけないという思いもあります。とにかく今は、毎日稽古をして、不安を打ち消すようにしています。

──やはり稽古が一番大事なんですね。

はい。能楽師は生涯修行、ずっと稽古ですから。

Photography_Hiroshi Nakamura, Text_Chie Kobayashi


ABOUT AUGER®

忙しい朝も、穏やかな夜も、人間らしさを取り戻す。身だしなみを整える時間は、自分と向き合う時間でもあります。自分の心に触れて日常を整えると、普段の何気ない時間が愛おしくなる。AUGERが提供したいのは、暮らしを「整える」心地よい豊かな時間です。

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